深海コソコソ噂話
船団を率いる「サクト・νアライヴ」の部屋には、彼がこの船に乗る以前から備え付けられていた船長机があるらしいですよ!
ところが中を開けようとしても「ティラミス・ルーティング」と呼ばれる何重にも暗号化された防壁によって閉ざされていたんだって。
サクトは長い年月を掛けて暗号解読を続けているんだ。
すべてとはいかないまでも、いくつかの「ヒキダシ」を開けることに成功した。
中には「航海日誌」があって、これもまた暗号化されてて内容を読む事が出来なかったんだ。
暗号解読済みの文書はいくつかあるんだけど、どれもこの世界の手がかりを知る決定的な情報に結びつかないみたい。
「今のところは」ですけどね
航海日誌 2篇より解読済の節 第6号
これは水中飛行船との遭遇を記録したものだ
その船は水中には相応しくない造形をしている
空に浮かぶ飛行船のごとくエンベローブを膨らませ
ゴンドラを吊りながらプロペラを回していた
ただプロペラも羽の枚数が視認できるほど弱々しい
軸が変形しているのか、不規則な回転と摩擦音が虚しく鳴り響いていた
我々は慎重にゴンドラに接近し並泳した
外から見るオペレーションルームは真っ暗で、人の気配も無い
私はバディのゼタ君と共に散策することにした
船外活動用のスーツや装備品を相互確認しハッチを開ける
カラパス号とはセーフティテザーで繋がっている
それが私には「へその緒」のような気がしてならない
比較的低速だったので海流に飲まれずに済んだ
後部の積荷用ハッチが生きていたので侵入する
テザーをスーツから外し、ハッチ周辺のフレームに掛ける
ハッチシステムが生きているのが奇妙だ
なにやら招かれているような都合の良さである
しかし船内には人っこ一人居ない
ホールは伽藍としていて、無数にある赤色のソファが燻んでいた
窓の外には並泳するカラパス号が見える
我々は最後部の貨物室から先頭部のオペレーションルームへ向かう
トットッと絨毯を叩く三人分の足音、我々が歩みを止めると住人も止まる
今にも息絶えそうな非常用照明の音に釣られ上を見ると、天井の穴から目玉が見える
遠くからかすかに聞こえる「子供の情景」のピアノ演奏
キキッ…キッ…と遠慮がちな音を立てながら延々と回る客室のドアノブ
船内放送用のスピーカーがマイクを軽く触ったようなノイズをたて、なにも言わず3秒程でoffになる
頭の中に直接流れ込むような赤ん坊の泣き声
前方の暗闇に紛れてひとりでに横切るルームサービス用のワゴン。
このような奇妙な体験をしたが二人は無事オペレーションルーム等を散策し、誰も居ない事を確認した
それから船長室を発見し、船長机と後ろを向いた回転椅子の背もたれが迎えてくれた
回り込んでみるとユニフォームを身に纏った遺体が座っていた
我々は胸で十字を切り安楽を祈った
「ヒキダシ」は案の定、暗号が掛けられていたので開かなかったが、机上にはいくつかの資料や日記があった
少々時間がかかったが、できる限り複製した後、持ち帰って調べてみることにした
さて、貨物室までは遠い
我々は余計な事を考えないようにして帰路についた
帰りは行きよりも短かったように感じる
安住の地へと繋がる「へその緒」をスーツに掛けて、ゴンドラを後にした
カラパス号にしがみ付き振り返ると、そこにはなにも無かった
公開日誌 1篇より解読済の節第 4号
操舵室〈ブリッジ〉の後方に鎮座するレインボーレコードが回転を始めた
メインモニターには「ブーム・オブ・ヘキサライゼーション」の文字が表示され、カラパス号から外部〈情報深海〉に「土星のリングのような何か」が放たれた
暗く淀んだ情報深海はその一瞬、まるで花火大会でも行われたのかと思うほど煌びやかに彩られていた
しばらくすると静寂を取り戻し、レコードは回転を辞めた
アレはいったいなんだったのだろう
しかし1つわかったことがある
あのブーム・オブ・ヘキサライゼーションが起こってからカラパス号に搭載されている機能が新たに発見された
甲羅の両側部の一部が開き、そこからジェットが展開されるのだ
旅の速度が飛躍的に上がり、かなり助かっている
おそらくこの艦は、なんらかの条件を満たすとブーム・オブ・ヘキサライゼーションを起こし、それによって封印されたシステムを解放することができるのではないだろうか
航海日誌 1篇より解読済の節 第5号(一部データ破損)
情報深海に生きる動物達の観測記録
サンプルNo.1 ViperFish.01
全長.3フィート程
形態.大きな口と牙を持つ。下顎が前に突き出していて上から落ちてくるエサを食べる。
普段は大人しくしているが、エサを見つけると
海蛇のように長い胴体を畝らせて泳ぎ
頭部付近を反らせ捕食する。
サンプルNo.2 メンダコ.01
体長.5フィート × 6フィート
形態.放射状に広がった足を使って泳ぎ、
底生生物のエビなどを足で包むように捕獲し食べている。
獲物を待つときや睡眠中などは、海底に身を置き、
岩山などに擬態する。
サンプル.No.3 チューブワーム群.01
体長.1フィート程
形態.海底火山付近の熱水噴出孔に生息する。
数日間の観測で得られた情報は特に無し。
サンプル.No.4 チョウチン.01
全長.12フィート
形態.発光器を持ち、獲物を誘導して捕食する。
ヒレが短く丸みを帯びた体をしている。
サンプル.No.001011000101001110101 マッコウクジラ.000000000000000004
全長.3.67309e11フィート程 //データが破損しています
形態.煌びやかな表層から仄暗い海底へと沈んでくるのは人々の闇だった。
消し去りたい過去、葬られた不義、積み重ねられる大罪。
落ちてくる現実と真実を喰らう情報深海の怪物。
無限にエサを与えられ、抑制を無くしたここの住人は
巨大化し、凶暴化している。
私ももう長くはないだろう。
//以下、同じような内容が続くため省略
サンプル.No.33 ViperFish.03
全長.10フィート程
形態.被検体01と比べるとかなり大型化しているが、生態は変わらないようだ。
相当エサを食べた個体に違いない。
サンプル.No.34 ラブカ.01
全長.20フィート程
形態.海底付近で発見、長い円筒形の胴体を蛇のように畝らせて泳ぐ
大きい口を持ち、300本以上の歯を持っている。
大型の魚などを好んで食べる。
サンプル.No35 クラーケン.01
全長.0.5マイル程
形態.この一帯のヌシだと予想される。
触覚の吸盤が鋸状になっているのを確認した。
おそらくこの触覚で獲物を捉えるのだろう。
カラパス号と言えど接近は極めて危険な為
退避することにした。
航海日誌 1篇より解読済の節 第6号
外の音を拾うとハムノイズしか聞こえないが、その中には無数の信号が埋まっている
ほとんど意味の無いものだが、解析してはローカルメモリーに収めている
どこの言葉がわからないもの、破損していて聞き取れないもの、ここでは言えないような内容も漂っている
その中で興味深い内容のものもキャッチすることがある
これはその一部分である
以下、音声データを添付しておく
私はこれに対して何もコメントしない
[📁][diver_brigade_active_record(sound_only).mp3]
「ダイバーアルファより各部隊へ、これより我々はマリアナの底へと向かう。この旅は片道切符となるだろう。諸君らと共にこの情報深海の果てまで航海出来た事を誇りに思う
これは私の最後の仕事だ、終わったら好物のアメリカンを啜りながらゆっくりと休ませてもらうよ
君達には使命がある
まだまだここで生きていかなければならない
生きて生きて、この物語を伝えてくれ
何百年後、何万年後、何光年後に辿り着くであろう、新たな冒険者の為に
私は何があっても上空へアンテナを向け続ける、情報深海の全てを発信し続ける、メッセージと未来を諸君らに託す」
航海日誌 2篇より解読済の節 第5号
私は確かに、セタガミという家族に出会った
いつの間にか眠っていた私は、再度彼らの住んでいた場所に訪れたが
そこには誰も居なかった
ちょうど良い広場があったので、少し船を止め外に出た
そこには、常駐警備のためか、広場の管理のためかは分からないが
一軒の家と整備された広場、深海トンネル、そして慰霊碑が立っていた
慰霊碑には、崩落事故の事が刻まれていた
どうやら大昔に、この深海トンネルで崩落が起こり、多くの命が失われたようだ
私は手を合わせ、犠牲者の安楽を願うと少女に声を掛けられた
アジア系の顔つきだが色付いた瞳をしていた
親はいないのかと尋ねたら、そこにある家を指さした
どうやら家族でここに住んでいるらしい
安心した私は、少女の親に話を聞こうと思い許可を得た
両親は快く迎え入れてくれた
慰霊碑の事、トンネルの事、犬が遠吠えをしているような巨岩の話
この家の事、仕事の事、そして少女の事
色々な話を聞かせてもらった
長居は迷惑になるだろうと何度か立ち去ろうとする私を、熱心に引き留めてくれた
その気は無かったが、これも何かの運命だろうと割り切り、1泊だけさせてもらう事になった
しかし、眠気はなかなか来なかった
寝ることを半ば諦めた私は物音を立てないように外へ出た
上空で青白く光る犬の岩が神々しく見えた
少女もそこに居た
淡いブルーの目で遠くの方を見つめ、何かを呟いた
確か「RUM-RUE-MAQUY」だったと記憶する
どこの言語かも分からない、その言葉を発し
少女はもの悲しげに犬型の岩と同じ方向を眺めていた
気がつくと私は、カラパス号の寝室で眠っていた
意識を取り戻した直後は夢だと思っていたが
記憶が鮮明になればなるほど夢だと思えなくなっていた
それで私は急遽引き返し、犬の形だったはずの崩れた巨岩を哀れんでいるのだ
結果的に彼らは存在していないし、その家は何年も人が住んでいないようで荒れ果てていた
幻覚だと断言してしまえば簡単な話だ
気が付かないうちに精神が壊れ始めているのか、それとも死期が近いのか
誰かにハッキングを受けたか、謝って情報をダウンロードしてしまったのか
私はログを調べるためソフトを立ち上げようとしたが、やめた
このままでいいんだと思った
私は確かに、ミサキ・セタガミという少女に出会った
そう信じることが、この地で起こった様々な事の弔いの一片になるのだと思う
航海日誌 2篇より解読済の節 第7号
俺の生まれ育った町は死亡率が出生率を上回ってるような絶望的な場所だったよ
かつては石炭で栄えていて、親元の石炭会社が独自の通貨を発行していてな
まさに帝国といった感じだった
だがそんな美味い話も永遠に続くことは無かった
エネルギーが他のものに移り変わった途端、潮が引くように客は離れた
牙城は崩れ、多くの者が職を失った
俺たちは選択を強いられた
大人しく余生を迎えるか、町を出ていくか、悪事に手を染めるかだ
あの頃は本当にやりたい放題だったんだ
武器や薬が蔓延していたし、マフィアが勢力争いを始める始末だ
上の連中は当然のように汚職に手を染め、憎しみが憎しみを呼び
長きにわたる争いがこの町の象徴的な催しとなった
そんな乱世を生き残るために必要なのが用心棒ってわけさ
「Series Hard-Boiled 0-Ti-rAr-UpperYard」
俺のいた組織のボスの用心棒ロボットの型式だ、特別性だろ?
さらに「ガン-カタ プログラム」っていうカスタムを加えられて
硬いわ速いわデカいわ怖いわ、誰も手のつけられない最強兵器と恐れられた
ボディーガード、マフィア同士の抗争、政治家の暗殺
どんな仕事でも活躍した
勢力図はこちら側に傾いていた
敵さんはどんどん規模を縮小していった
歯向かうやつもいなくなってたよ
でもボスはその用心棒を恐れるようになった
その圧倒的な力がこちらに向くんじゃないかって
守るべきものが増えすぎたウチのボスは疑心暗鬼になっていた
挑戦ってのは夢中になれるが
防衛ってのは神経を削るんだろう
ボスは「強大すぎる力」が一番そばにいるせいでかなり不安だったらしい
そんな中あの事件が起こった
発端は贔屓にしていた知事が選挙で大敗したこと
新政権で新たに建てられた浄化プログラムが発令した
治安維持活動と称し、警察を名乗る軍隊が入ってきた
当然、ボスの会社も目をつけられた
なすすべなしと言った感じだったよ
破竹の勢いで情勢が傾いていったんだ
裏切り、逃走、仲間割れ
市長も逮捕され、いよいよこちらの番かと
ビクビクしていた
そこからは、奴の仕事が「報復」になっていた
多くの仲間に向け引き金をひいていた
組織は崩壊した
お互いを信用できなくなっていた
自分が生き残る方法だけを模索していた
社長室での護衛中
ついに奴らが首を取りに来た
扉を吹き飛ばしライフルを向ける
hard-boiledは飛び出し彼の盾となり守った
銃弾を背中で受けながら逃走を提案する
彼は机の引き出しから拳銃を取り出し構えた
狙いも定まらず、目の前の用心棒に当てていた
その時スリーコード(ロボット三原則)の防衛プログラムが働いたんだ
度重なる改造によってバグでも生じていたんだろうか
用心棒は主人を含め、その場にいる全員を始末してしまった
主人を失った用心棒だけを残し
部屋は血の海と化していた
その用心棒は指名手配となった
捕まえた者は多額の賞金が支払われるので
多くのハンターが町を彷徨いていた
だが目撃情報すら無いので諦められた
そのブームも去り、廃れた町だけが残された
奴はもう町を出たんだろうな
これは遠い昔の話さ
もうさすがに動いちゃいないだろうがね
何処かで産廃になってるか、それとも…
航海日誌 2篇より解読済の節 第9号
我々がクジラに飲まれてから3日は経っただろうか
そこが腹の中だと言うことも忘れてしまうくらい
居住区として優れている空間だった
そびえ立つビルの隙間でうごめく様々な形の生物たち
乗り物に乗って燥ぐ派手な格好をしたロブスターや
オープンカフェで優雅にくつろぐ
見事なプロポーションのヘビクイワシがいる
人間もたくさんいて 信号の前で電話をかけていたり
ビーチで泳いでいたりする
まさに大都会
この情報深海で最も発展していて
最も現実世界に近いフィールドである
流れ着いた多くの人たちがクジラに飲まれ
ここで新しい人生を歩む選択をしたのだろう
ただ、ここは情報量が多すぎる
目から鼻から耳から あらゆる器官に特化した
宣伝が押し寄せてくる
脳が常に刺激され 過剰労働を強いているようだ
せっせと供給されるエンターテイメントに
喜びを感じていたが このままではいけないと思う
ある程度の間隔でデトックスを行った方が良いだろう
なぜなら”まるで意味のない”情報のダウンロードが習慣となり
”まるで役に立たない”ソフトのインストールをしなければ
不安になるからだ
それは一種の病にも思えるし
病を保有することがこの街のスタンダードだとも思える
圧倒的多数が築き上げる無害を装う病からは逃れることは難しい
脱出方法や海溝について調査したら早々に出よう
私達は大丈夫だ
もう既に疲れが見えるからね
私達”田舎者”には少々息苦しい場所だ